【2001年9月号】
たとえば貴方の会社で、同じフロアにいて、パソコンで向こうの机と こっちの机と 話しをしているようなことがありませんか。
うまい表現をした人がいて、 I T 技術というのは「間抜けの技術だ」 と。
「間」 とは、空間、時間、人間という三つで下手をするとこれからの人間はこのITの落とし穴に嵌まつてしまい「心」の欠落という事に鈍感になってしまいはせぬかと怖れます。
Eメールというものはたいへん便利なもので、相手の都合などはおかま
いなく発信でき、また受信も自由です。 昔は相手にアポイントをとってか
ら直接会つて話をするのが当たり前でしたが、いまはそんな面倒なことを
しなくても情報の授受ができます。
しかし、私などは、便利なことだけが価値のあることなのかと云って孫
たちから顰蹙をかっていますが、七十の化石爺イの心配は、「便利」の陰
に「こころ…感性」が隠されて仕舞いはしないか、ということなのです。
私は CD をよく聴きますし CD の音はすばらしいと思います。けれども雑
音の多いSPのほうが心に響く度合いが強いのです。それはプレイヤーの
『 息づかい 』 が伝わつてくるからです。 ダミア の坤くような シャンソンが
SP でこそ、1900年代始めのメランコリツタな空気を運んでくるからです。
8月号から連載で巻頭を飾っている 「 感性ということ 」 という座談会記
事は素晴らしい記事です。是非読んで下さるようお薦めします。 因みに司
会をされている佐藤千壽PGは、日本ロータリーの賢者中の賢者です。
11月号まで続きますからお楽しみに。